役員

川嶋 一夫

会長 旭ダイヤモンド工業(株) 相談役 川嶋 一夫

工学部 合成化学科 S46年卒

■ 在学時の思い出

ラグビー部にいました。一番残念な記憶は4年時の関東甲信越の大会(今でもあるのでしょうか?)で山梨大との対戦でした。リードされたノーサイド直前にFWが相手ボールを取ってくれて、自陣10m付近でパスをもらいました。相手陣に入ったのですが、FBとWTBともう1人がいました。現在とルールが違いますので3人を1人でかわすのはかなり難しく、22m手前でやむなく相手の後ろにパントを蹴りました。チョット長すぎて、相手が拾い、蹴ったボールをチャージしました。目の前1m程のインゴールに転がっていましたのでタッチダウンすれば逆転勝ちでしたが、ノーボールタックルを受け、ボールはそのままラインを越えてノーサイドになってしまいました。ペナルティトライをアピールしたのですが、認められませんでした。今でも鮮明に覚えている残念なシーンです。勉強の方はあまり記憶がありませんでしたが、工学部合成化学科でした。橋本先生と上松先生のおかげで卒業させていただきました。

■ 卒業後の経歴と現会社の紹介

卒業時に同じ研究室の同僚は早々に就職を決めていました。就職環境はかなり良かったのですが、家庭の事情で大きな会社には就職したくないと決めていました。そんな折橋本先生に現在勤務している旭ダイヤモンド工業株式会社を紹介いただきました。資本金は当時1億円程度であったと記憶していますが、現在は41億円強になっています。従業員は約2,000人、売上額はおよそ400億円程度です。それ以来今日までこの会社にズーットお世話になり続けています。

■ 経済人倶楽部への想い、期待

前会長の犬養さんから会長という大役を引き継ぎました。犬養さんのようなカリスマ性や存在感は持ち合わせていませんが、設立の趣旨や会則に書かれていることを少しでも発展させられればいいかなという思いです。幸い理事・監事の皆さんは大変有能でかつ協力的なメンバーが選ばれましたので心強く思っています。また事務局の卒業生室の皆さんに細部に渡りサポートいただいていますので、この面でも大変感謝をいたしております。
経済人倶楽部に対しては齋藤学長、山本副学長をはじめ多くの大学の関係者から大きな期待を寄せられています。大学も様々な面で改革を迫られているようですので、そのご期待に応えられる活動ができれば幸いと思っています。多彩な会員皆様のご協力を心からお願い申し上げます。

森島 弘道

副会長 学校法人森島学園 理事長
社会福祉法人弘恕会 理事長 森島 弘道

大学院 教育学研究科 技術教育専攻 H21年修了

■在学時の思い出

在学中は、学部を超えて仲間ができました。その仲間とスキーやテニスをよくしました。冬は、学部の教授に誘われ八甲田山で山スキーの経験をさせてもらったり、スキー部の合宿(燕温泉)に参加させてもらったことが思い出に残っています。また、千葉市内の中学校のホワイトスクール(スキー合宿)にインストラクターとして参加させてもらい、中学生と大騒ぎをしたことも良い思い出です。

■卒業後の経歴等

大学卒業後、千葉聖心幼稚園に就職しました。平成21年3月に大学院修士課程を修了し、同年7月1日に社会福祉法人を設立しました。現在は、学校法人立の幼稚園、及び、社会福祉法人立の保育園を経営しております。乳幼児教育(0歳から就学前まで)を通して、一人ひとりの子どもの成長を見守っています。

■経済人倶楽部への想い、期待

千葉大学の学生・卒業生による世代間の「絆」、実業人・専門職業人の「絆」がさらに広がることを期待しています。

萩原 博

副会長 株式会社千葉日報社 代表取締役社長 萩原 博

人文学部 法経学科 S53年卒

■在学時の思い出

昭和53年3月、人文学部法経学科を卒業しました。法経学科としては私たちが最後の卒業生となりました。主任教授は国際経営学が専門の村山元英先生です(去る6月1日、学会出席していたベトナム・ハノイで急逝されました。ご冥福をお祈りいたします)。4年生の夏、ゼミの伝統行事である海外調査をするため、アメリカに2か月間、3年生のゼミ生と一緒に行きました。あまりに素晴らしい体験だったため、帰国後、直面する就職活動もせず、しばらく放心状態の私に、「おい、就職どうするんだ」と問う先生。アメリカかぶれしていた私は「アメリカで芋掘りしたい」などと答えたものですから、ふつうの会社では役に立たないと思慮されたのでしょう。「地元に千葉日報社という新聞社があるから、そこに行け」ということで入社しました。
あれから37年。他の立派な卒業生の皆さんに混じって、経済人倶楽部「絆」の仲間入りができるとは思ってもみない光栄なことです。こんな私ですが、千葉大学と、皆さんのお役に立つことが出来ればうれしいです。よろしくお願いします。

加藤 一郎

理事 (株)ジュリス・キャタリスト 代表取締役 加藤 一郎

園芸学部 生産管理学科 S46年卒

■ 在学時の思い出

高校時代の夢は虚無僧になることだった。大学では剣道部と琴と尺八の竹葉会に入部。夢はすぐに破錠。尺八の才能がないことが判明したのである。竹葉会で同学年の薬学部の女性と出逢い、卒業後1年目で結婚。以来、長く厳しい夫婦生活となった。

■ 卒業後の経歴と現会社の紹介

卒業後、JA全農に入り、米国で肥料原料である燐鉱石鉱山を買収し、5年間近く米国企業とフロリダでJVを組み、採掘事業に従事したのは、良き思い出。剣道は卒業後も続け、全農剣道会会長を務めた。H23年全農代表理事専務をもって退任。現在、原子力損害賠償審査会委員である中島肇弁護士が主宰する事務所のシンクタンク部門に迎えられ、農業専門家と法律家との懸け橋機能、医農連携(薬草振興等)、機能性植物の開発支援をおこなっている。

■ 経済人倶楽部への想い、期待

卒業時は安保世代として「産官学打破」と叫んだが、今は、産官学連携、学問・行政の縦割りを打破することが、経済再生の源と信じる。経済人倶楽部で新たな絆を期待したい。

平賀 祐二

理事 (株)キーテック 代表取締役社長 平賀 祐二

工学部 画像工学科 S55年卒

■ 「絆」へよせる想いについて

2009年6月11日の設立総会から、時の経つのは本当に早いもので、既に第3期を迎え5年目に入りました。
私は設立当初から監事として務めさせて頂き、今期も継続して務めさせて頂くことになりました。設立当初は、初代会長の犬養俊輔様の強いリーダーシップによって方向性を模索しながら、役員全員が本学への思いを寄せ、齋藤学長及び卒業生室の多大なるご協力を頂きながら進めてきました。
その後、2011年3月11日には東日本大震災が発生し、「絆」と言う言葉が大震災を契機に多くの人達に使われる様になったと思います。さて私達の「絆」は何なのでしょうか。その何が私達、千葉大学経済人倶楽部が進めて行く道ではないでしょうか。それは現役の学生諸君、卒業生諸氏との大学を通した結びつきこそが「絆」ではないでしょうか。これからの在任中の2年間で、「絆」のそれぞれの行事の中から、その結びつきを作って行きたいと思います。

渡邉 誠

理事 国立大学法人千葉大学 理事 渡邉 誠

大学院 自然科学研究科 博士課程 H4年修了

■ 在学時の思い出

「111」という数字は私にとって一生忘れられない数字です。まあ、このゾロ目という縁起の良い数字であるということもありますが、実はこの数字、修士の1年生の時に学校に泊まった回数なのです。私は、工業意匠(現在のデザイン)の出身です。当時は、工学部の別館に研究室がありました。その建物の中に暗室があり、そこに泊まっていました。とても快適?でした。家は、東京(といっても千葉との県境)にあり、学校からは1時間でしたので遠くもなく、毎日帰ることはできましたが、結局「111」日泊まりました。逆に、修士の2年生の時は1日も泊まっていません。思い起こせば、修士の1年のときは研究室でのグループワークが中心であったため、コミュニケーションが中心となり泊まっていたのだと思います。そして、この時間こそが学生時代に一番何かを創造するトレーニングをした時間であると思います。なので「111」日というのは忘れることのできない「見えない勲章」のようなものです。

虎岩 雅明

理事 (株)トライワープ 代表取締役 虎岩 雅明

大学院 自然科学研究科 像科学専攻 H17年修了

■ 経済人倶楽部への想い・期待

大学院生時代に、右も左も分からない状態から創業し、今年で10年を迎えます。10年たって、10年前に想像していたこと、想像できなかったこと、変わったこと、変わらなかったこと、いろんなことを振り返り、次の10年、20年を見据えていく年頃になりました。
私にとって、千葉大学は、学校生活に始まり、卒業してからのご縁も含めて、千葉大学がなかったら、こんな人生を歩んでいることはなかったというくらい、縁が深い存在であることは間違いありません。
創業以来、千葉大の後輩というだけで、多くの先輩方からお世話していただき、様々なことを教えて頂きました。千葉大の卒業生でよかった、千葉大生になりたい、とこれまで以上に多くの方が思えるような大学づくりに貢献していきたいと思っています。

金子 輝幸

理事 (株)かっぺ 代表取締役社長 金子 輝幸

法経学部 経済学科 H13年卒

■ 在学時の思い出

経済学科で、労働経済のゼミに入り、ともに勉学に励む仲間、そして、恩師との時間が、自分のよい思い出になり、今でも支えの一つになっています。今でも連絡をとりあったりと、非常によいご縁になっています。

■ 卒業後の経歴

千葉大学生が起業した(株)かっぺを先輩から継ぎ、二代目の代表取締役に就任、その後、千葉大学非常勤講師・経済人倶楽部の副会長を経て、事業家としての方向性が定まり、新会社(株)ネクスト・アカデミーを設立し、活動中。

■ 倶楽部への想い、期待

経済人倶楽部での諸先輩経営者や千葉大学との関わりが大きく私の人生をよりよいものに導いてくれたと感謝しています。そして、その中でいただいた言葉「先輩の恩は、後輩へ2倍返し!」ということをしっかり実践できるべく、千葉大学と経済人倶楽部に貢献したいと考えています。

岡沢 理華

監事 高円寺特許事務所 代表 岡沢 理華

大学院 自然科学研究科 像科学専攻 H11年修了

■ 在学時の思い出

学部から博士前期課程修了までの3年間、環境リモートセンシング研究センターに所属し、実験の日々を送っていました。研究内容は“真空中に封入された微量気体をレーザーで検出する”というものでした。実験に適切な真空状態を得るのに半日以上かかることもあり、夜戻って実験ということもありました。大変なようですが、時間配分を考え、必要な部材を旋盤で作成し、雑誌を読んで工作したりと、とても楽しく充実した毎日でした。

■ 卒業後の経歴と現会社の紹介

本田技研工業(株)に入社し、本田技術研究所に配属され特許と出会いました。その後、都内の特許事務所にお世話になりました。現在は杉並区にて高円寺特許事務所を開業し、特許、商標、意匠等に関する仕事を行っています。最近は外国向けの割合が6割以上を占めるようになりました。特に、米、中、欧、印等のみならず、カタール、UAE、チェコ、ブラジル等幅広く事業展開する会社が増えていると感じます。

■ 経済人倶楽部への想い、期待

千葉大学の諸先輩後輩の皆様とネットワークが広がっていくことを期待しております。

片桐 大輔

監事 株式会社アミンファーマ研究所 専務取締役 片桐 大輔

大学院 医学薬学府 博士課程 H16年修了

■ 在学時の思い出

1997年に薬学部総合薬品科学科に入学しました。当時の薬学部は西千葉キャンパスにありまして、薬学部の友人に加え、他学部の友人ともよく遊び、よく学んだ楽しい思い出があります。大学院に進学し、研究に没頭しているうちに博士課程まで行くことになりまして、博士終了までの9年間、西千葉キャンパスにお世話になりました。

■ 卒業後の経歴と現会社の紹介

国立研究開発法人NEDOのフェローとして、プロジェクトマネジメントやベンチャー支援、大学研究成果の実用化に取り組みました。その後、恩師と共に起業した「千葉大ベンチャー・(株)アミンファーマ研究所」で専務取締役として経営を実践する傍ら、千葉大学学術研究推進機構産業連携研究推進ステーションの特任准教授として、さらなる千葉大発の研究成果の実用化に取り組んでおります。

■ 経済人倶楽部への想い、期待

絆の会の発展に、何とかお役にたてるように頑張って参りたいと思います。よろしくお願い申し上げます。